
|
|
||||
| 真下飛泉(本名:瀧吉)は明治11年(1878)10月10日、京都府加佐郡河守町(現福知山市大江町河守)の農家の二男として誕生しました。 京都師範学校卒業後、教職のかたわら文芸に傾倒します。特に短歌は与謝野鉄幹に師事し、鉄幹主宰の「明星派」の影響を強く受けます。 明治37年(1904)10月、日露戦争が勃発し、飛泉は受け持ちの5年生の児童に自作の「出征」という唱歌をオペラ形式で歌わせました。農村青年の武雄が老父母を残して出征していくという内容で、集まった父母たちに大変な感銘をあたえました。その後、続編「露営」が書かれ、ついで多くの人に歌われ大ヒット曲となった「戦友」(ここはお国を何百里、離れて遠き満州の・・・)が作られ、真下飛泉の名を歌謡史に永久に留めることとなりました。 大正14年(1925)5月、下京区選挙区から市会議員として立候補し、最高得点で当選しましたが、翌15年に持病の心臓病を悪化させ、同年10月25日に永眠しました。 |
||||
| 場所/地図 →ココ | ||||
| 大江町河守出身の真下飛泉に関わる資料や書簡など約700点保管しています。 | ||||
| 常時開館はしておりませんので、事前の連絡が必要です(土・日・祝祭日見学不可)。 | ||||
| 福知山市字内記13番地の1 | ||||
| 福知山市教育委員会 生涯学習課 文化財保護係 | ||||
| TEL 0773-24-7064 FAX 0773-24-4880 | ||||
| 福知山市大江町河守398 | ||||
| (北近畿タンゴ鉄道宮福線 大江駅2階) | ||||
| 場所/地図 → ココ | ||
| 飛泉の生まれ故郷、大江町河守 宮川のほとりに「飛泉」と「戦友」を顕彰する碑が建てられています。飛泉公園として整備されており、遠方からも多くの方が見学に訪れています。 | ||
| 「ここはお国の何百里」石碑 | 「戦友」歌詞 | 「飛泉」記念碑 |