足立音衛門本店(旧松村家住宅)全景
洋 館 御 殿
御殿襖絵 御殿内部

4 足立音衛門本店(旧松村家住宅)(府指定)

  福知山市字内記44 四棟

  洋館 大正元年(1912) 木造2階建、寄棟造、銅板葺、玄関車寄附属   (附)附属屋 一棟

  御殿 大正六年(1917) 木造平屋、入母屋造、桟瓦葺(一部銅板葺)、渡り廊下及び便所棟附属

    (附)中門 一棟、棟札 1枚

  撞球場  木造平屋、寄棟造、和瓦葺

  主屋 明治45年(1912) 木造2階建、切妻造、桟瓦葺

    (附)茶室 一棟、棟札 1枚、幣串 1枚

    (附)離れ 一棟、土蔵 二棟

  この建物群はもと(株)松村組の創始者松村勇吉の社屋兼住宅として明治45年(1912)〜大正年(1917)にかけて建築されたものである。

 福知山市は、近年まで由良川の氾濫による水害に悩まされてきた。中でも明治29・40年の水禍は甚大で水位は7mを越えた。このため明治40年以降、築堤事業が進められ、松村組も積極的にかかわったようである。松村家住宅は堤防の内側に誇張する形で敷地を確保している。この地点は、由良川が土師川と合流して大きく屈曲し、水勢の最も強くなる場所である。この場所に本社及び住居を構え、堤防の完成度を示したものとして伝えられている。

 主屋は、町屋風の建物で事務所と居住機能を併せもつもので、現在は改装されて福知山支社の事務所として使用されている。

 洋館・御殿・撞球状は、迎賓施設として建築されたもので、全体に気の配られた建物となっている。洋館.撞球場は、市内で唯一の本格的な洋風建築で、バランスの取れた良質の建築物である。御殿は、本格的な書院造りで、京都画壇の望月玉溪の手による襖絵など、細部の造作にも贅を尽くされたものである。

 敷地内の状態は、蔵や茶室なども残され当初の景観をとどめ、附属の茶室や離れ、中門、土蔵なども附けたりとして指定されており、
 市内に遺された近代建築を代表する建築物であり、建築技術の到達点を示すとともに、福知山の近代化を象徴する建築物として重要な資料である。

 現在これら建物群は全国的に洋菓子販売を手がけている(株)足立音衛門の本店店舗として活用されており、外観を中心に自由に散策できる。