福知山市の城下町
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■城下町のまちなみ
| 福知山は、江戸時代には城下町として、明治維新以降は紡績を基盤に商業都市として早くから再開発されてきました。 そのため、江戸時代の武家屋敷などはほとんど残っていませんが、明治から昭和初期にかけての町屋が軒を連ね、まち全体が町屋の博物館となっています。 特に、下柳・菱屋のまち並みは、福知山のまちなみの典型であり、明治から大正の風情が偲ばれる、落ちついたまちなみです。 福知山の町屋は、2階の窓が虫籠窓と出格子の組み合わせが多いことが特徴となっています。 |
■まち割り
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道路は、江戸時代の都市計画に基づく城下町の道路が、ほぼそのまま遺されています。 城下町の周縁部分には寺院が集められ、鋳物師町や呉服町などの地名に職人町の名残が残されています。 大正から昭和初期にかけて、旅館や料亭を中心に木造3階建ての建物が盛んに造られ、巧みな大工仕事や細工など、福知山のまちを特徴付ける建物となっています。 |
■京口門
| 福知山城の下の陸橋を渡ったところに、江戸時代の福知山の玄関口「京口門」がありました。 道が大きく折れて城下町へ入っていく様子は、かつての城下町の面影を残しています。 |

■福知山城(郷土資料館)


